現代社会の生きづらさの正体。




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最終更新日 2022年7月26日

現代では生きづらさを感じながら生きている人が多いように感じる。

「生きづらい」と言うと、周りの人たちはメンタルが弱いだの、甘えてるだの、もっと強くなれだの、好き勝手にあれこれ意見を述べてくる。

だが、実際、生きづらさを抱えている人間は、メンタルが弱いから生きづらくなっているのではない。

もちろん、国や社会が悪いわけでも、周りの人たちの性格が悪いからというわけでもない。

生きづらさを感じている人が「生きづらい」と感じるのは、世間の「普通」を背負い込んでいるからである。

その中でも、とりわけ現代人にもっとも重くのしかかっているのが「自立」という概念だ。

 

「社会人=自立するもの」という考え

現代は「自立すること=大人になること」と認識されている。

学校を卒業し、社会人になれば親元を離れて自立して生きていくのが「普通」だと言われている。

おそらくこれを読んでいるあなたも、社会人になれば親元を離れて自立するのが「普通」で「当たり前」だと思っているだろう。

だが、「社会人になれば自立するのが普通」という考えは、現代人にとって生きづらさの原因となることが多い。

というのも、「社会人=自立するもの」という考え方は、「自立していない社会人=ダメ人間」というレッテルを貼ることにもつながっていくのだ。

自立の定義は、細かい点を言えば人それぞれ違うだろうが、大抵の人たちは「1人暮らし=自立」だと考えているだろう。

学校を卒業し、就職して社会人として自分の生活費を自分で稼ぎ、自分で稼いだお金で生活していく。

これこそがまさに「自立」だと大多数の人たちは思っている。

だからこそ、社会人にもなって親のスネをかじっていたり、実家暮らしで親に甘えた生活を送っている人のことを、多くの人たちは「自立した人間」とは思わない。

20歳そこそこならまだ許されるかもしれないが、20代後半や30代にもなってまだ実家暮らしをしている人のことを「子ども部屋おじさん(おばさん)」と揶揄し、世間は蔑んだ目で見つめる。

 

自立に取り憑かれる現代人

しかし、そもそもの問題として「社会人=自立しなければならない」という風潮はいつから生まれたのだろうか?

「1人暮らし=自立」という認識はいつから世間の当たり前になったのだろうか?

そして、大人になれば必ずしも自立して一人暮らししなければならないのだろうか?

よく、大学生などがお金がなくて困っている姿をSNS上でも見かける。

大学生に限らず、社会人になっても給料が低く、満足した生活を送れないと述べている人も多い。

お金に関する悩みは全世代共通のものであり、若者から大人まで、多くの人たちがお金に対する悩みを抱えているのがわかる。

そうした悩みを吐き出している人を見て、いつも思うことがある。

なぜ経済的な悩みを抱えているのにも関わらず、実家を飛び出し一人暮らしをしているのだろうか?

なぜお金がないとわかっていながら、お金がかかる生活をわざわざ自分で選んでいるのか?

おそらくほとんどの人は「自立」することに取り憑かれている。

社会人になったら自立するのが当たり前、大人になったら親元を離れて自分の力で生活するのが普通。

そうした世間の普通や当たり前を自分で勝手に背負い込み、自分で自分を追い詰めている。

もちろん、そこには他人の生き方と自分の生き方の比較もあるだろう。

「普通の生き方=社会人になって自立」という固定観念があるからこそ自立することにこだわり、多少無理してでも表向きは自立した状態を維持しようとするのだ。



現代の「自立」にはお金がかかる

「1人暮らし=自立」という認識を持っている人は、「社会人になったら1人暮らししなければならない」という世間の「普通」を背負い込む。

1人暮らしして自立していれば、人間的にしっかり生きているような気がするし、頑張って自立している自分を誇らしく思う人もいるかもしれない。

だが、多くの人は次第に生きづらさを感じていく。

「自立しなければならない」という世間の普通を背負うことで、つらくても苦しくても自分でお金を稼ぎ、自分の力で生活しなければならないと思い込み、少しずつメンタルを消耗していく。

「生きてるのが楽しくない」「毎日つまらない」と述べている人の多くは、自分で自分を追い込んでいることに気づいていない。

一般的な意味でいう自立にはお金がかかる。

何度も言うように、世間では「自立=1人暮らし=自分でお金を稼いで生活すること」と思われている。

つまり、現代ではお金と自立は切り離せない。

だから、お金がなくて自立できない人のことを、世間はダメな人間だとレッテルを貼るのだ。

 

現代人の自立への執着

誰だって他人からダメ人間だとは思われたくないだろう。

そう思われたくがないために、人は世間の普通を背負い込み、お金がないのに1人暮らしをしたりする。

わざわざお金のかかる生活を「自分は自立してますよ」と自分と周りに言い聞かせるために、生きづらさを感じながら頑張って自立しようとする。

正直、お金がないのにわざわざお金がかかる生活をしている人を見ると「コメディ映画でも撮ってるんですか?」と思ってしまうのだが、日本人は必要以上に他人の目や世間体を気にする性格をしているので、自立に執着してしまうのも仕方がないとも思う。

別にお金がないことは悪いことではないし、お金がないなら実家で家族と暮らしたり、できるだけ生活コストを抑えて生きるという方法だってある。

現代は昔に比べて豊かになったが、その豊かさとは「選択肢の多様化」という側面で表れている。

もちろん、生活には個々の事情があるので、どうしても自分1人で頑張らなくてはならない人もいるだろうし、お金を稼がなければならない人もいるだろう。

だが、多くの若者や大人たちが、お金に困っていながら1人暮らしやお金のかかる生活に執着するのは、やはり「自立」がイデオロギーとして世間や現代社会に深く根づいているからなのだと感じる。

 

自分が本当にしたい生き方を選択する

自立はなにも1人暮らしでしかできないわけではない。

お金を稼いでるから自立しているわけでもない。

誰もが「1人暮らし=自立」という表面上の形だけの自立にとらわれてしまっているが、本当の自立とは心の問題なのである。

現代に生きづらさを感じている人は、自分の身の周りにある考えや常識、普通や当たり前を疑ってみるのがいい。

自分で勝手に「普通の生き方」を背負い込んだり、自分で自分を追い込むのはバカげている。

そんなのはお金が生きるモチベーションの拝金主義の連中や、つらい生活が好きなドMにでも任せておけばいいのだ。

私自身、世間的な普通の生き方はできていないし、現代の自立という概念にも囚われて生きてきた人間である。

しかし、世間的な普通の生き方ではなく、自分なりの普通の生き方でそれなりに満足した日々を送れているし、自立なんていう概念と手を切ってからは、生きるのがとても楽になった。

自立が社会的なイデオロギーとして浸透してきたのは現代になってからである。

昔は家族みんなで支えながら、助け合いながら、団欒と暮らしていたものだ。

現代社会の生きづらさは、普通の生き方や自立を背負い込むことからはじまる。

だとすれば、そんなものはゴミ箱に捨ててしまい、他人の目や世間体ではなく、自分が本当にしたい生き方を選択するのがいい。

人は自分次第でもっともっと自由になれるのだ。

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