嘘と裏切りの痛みを成長に変え、人をとことん愛そう。




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最終更新日 2022年7月30日

笑っていても楽しいとは限らない。

泣いているから悲しんでいるとは限らない。

楽しくなさそうに見える人でも、誰よりも充実を感じて生きているかもしれない。

楽しそうに生きてる人ほど、満たされない気持ちを抱えているかもしれない。

私たちは見た目や雰囲気で人を判断してしまう。

ちょっと話しただけで相手のことをわかったつもりになってしまうし、長年一緒にいるだけで相手のことはなんでも知っている気になってしまう。

その笑顔の裏には深い悲しみを抱えているのかもしれないし、悲しみを感じさせる顔には何かに裏があるのかもしれない。

 

疑いではなく疑問を持つ

相手のことを疑い出せばキリがなくなってしまうが、大して深く知りもしないのに知ったかぶりをするのは良くない。

これは別に人を信じるなと言っているわけではない。

人を信じることは大切だ。人間関係は信頼で成り立っている。信頼のない人間関係は全部ニセモノである。

でもそれは、信頼できそうだと感じた相手を、全員信じればいいという意味ではない。

さきほども述べたように、私たちには他人のことを理解したと思い込む悪い癖がある。

笑っている人を見れば反射的に「楽しそうだな」と思うように、人に優しくされれば相手を簡単に信用してしまう。

つらいときに傍にいてくれる人は、自分のことを本当に気遣ってくれているとも感じるだろう。

でも忘れちゃいけない。それらがすべて幻かもしれないことを。

常に疑いを持てとは言わないが、疑問を持つことは必要である。

 

利己的な遺伝子の末裔

歴史を振り返ってみても、私たち人類は常に相手を騙し抜きながら進化してきた。

バカ正直に相手のことを信頼した人類はみな滅び、嘘をつき、敵を欺き、自分が生き残ることを第一に考えてきた人類の生き残りが私たちなのだ。

つまり、私たちはみんな嘘つきの祖先であり、私たちのDNAには嘘をつく本能と利己的な遺伝子が混じっているのだ。

しかし、そうした目で他人を見てしまうと誰一人信用できなくなってしまう。

自分のことを思って何かプレゼントをくれたり、優しい言葉をかけてくれたとしても、何か裏があるんじゃないかと常に勘ぐってしまう。

そうした人が生きていて楽しいかどうかは考えなくてもわかる。

人が頻繁に嘘をつくのは事実だ。

実際に、他人に嘘をつかれたり、裏切られたりしたことがある人も多いだろう。

もちろん、私も過去にたくさん嘘をつかれてきたし、それなりに裏切られてもきた。

そして、私自身も嘘をついたり、人を裏切ったこともある。私もそんなにいい人間ではないのだ。



嘘と裏切りが人を成長させる

でも、今になって思い返してみれば、嘘をついたり裏切ったりすれば、いつか必ず自分に跳ね返っていることがわかる。

因果応報というやつである。

プラスの出来事があればマイナスの出来事があるように、嘘をついて得をすれば必ず不幸な出来事が降りかかり、人を裏切ればいつか必ず人に裏切られる。

人生は意外とうまくできているのだ。

最近しみじみと実感するのが、人は嘘をつき、他人を裏切り、因果応報により嘘をつかれ、人に裏切られることで成長していくのではないかと思っている。

人類が生き残るために嘘と裏切りと利己的な遺伝子が必要だったように、実はそれらは、人間の成長にも必要不可欠なものなのだ。

「痛みが人を成長させる」とは陳腐な言い草だが、実際、人は痛みを感じなければ成長しないのも事実である。

子供がストーブを触り、痛みを持って物事を理解するように、人間的な成長にも痛みが欠かせない。

その痛みの代表的なものが、嘘と裏切りである。

だからといって、たくさん嘘をつき、たくさん人を裏切れと言っているわけじゃない。

もちろん、たくさん人に嘘をつかれ、たくさん裏切られて痛みを知ろうと言っているわけでもない。

ただ、人を判断するときには、嘘と裏切りの利己的な遺伝子が潜んでいることを頭に入れておこうと述べているのだ。

 

人間を愛そう

成長に痛みが必要だとしても、わざわざ自分から傷つきにいく必要はない。

でも痛みを必要以上に恐れてはならない。大事なのは人生の痛みを成長の糧にすることだ。

障害を火に変える方法を学べば、人に嘘をつかれたり裏切られたりしても大したことはない。すべてが学びになるのだから。

本物の人格者とは、優しい人のことではなく、人間という生物を許せる人のことである。

どれだけ綺麗事を言ったとしても、人間が嘘をつき、人を裏切り、利己的で醜い面を持っていることは否定できない。

もちろん、これは自分自身にも当てはまることだ。

だからこそ、人を愛そう。

重箱の隅をつつくように、他人の欠点や醜い部分ばかり見ていてはダメだ。

人間は醜いのが当たり前なのだから、醜さよりも美点に目を向けよう。

そして、裏切られたときは他人も自分も許そう。人間とはそういう生き物なのだ。

人生でもっとも難しいのは人間関係であるのは間違いない。

家族にしろ恋愛にしろ職場にしろ、私たちの生活は人間関係において成り立っている。

人間関係に問題を抱えている人や、悩みを持っている人は多い。

でも、根本的な「人間」について理解すれば、人間関係の悩みの多くが解決できる。

人間関係に問題を抱えている人は、特定の「他人」ではなく、まずは自分の「人間」に対する見方から変えてみてはいかがだろうか。

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