お金があっても「心が貧しい」ままでは幸せになれない理由

心が貧しい
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最終更新日 2026年7月14日

心の貧しさは、単なるお金の貧しさよりも深い問題です。

「貧しい」と聞くと、ついお金のほうを想像しがちですが、本当につらいのは貧乏ではなく心が貧しいことなのです。

もちろん、お金がないのがつらいことなのは否定しません。

お金がなくて貧乏だと美味しいものを食べることもできず、行きたいところにも行けず、やりたいこともできず、本を買うことだってできません(私にとって何よりもつらいのは本が買えないことです)。

基本的な衣食住を満たすことができないぐらい貧乏な場合は、まずはお金を稼ぐことを優先したほうがいいのは言うまでもありません。

しかし、最低限の衣食住を満たすだけのお金を稼いだ後は、もっとお金を稼ぐよりも心を満たすことを優先したほうがいいのです。

というのも、本当に貧しい人というのはお金のない人のことではなく、もっともっとと欲しがる人だからです。

 

「貧しい」はどういう状態なのか

そもそも「貧しい」というのはどういう状態なのでしょうか。

お金がないのが貧しいのはわかりますが、どれぐらいお金がないと貧しいと感じるのでしょう。

さきほど言ったように、基本的な衣食住を満たすことができない状態は、貧しい状態と言って間違いありません。

しかし、衣食住には困っていないけれど、新しいiPhoneが買えなかったり、コンビニのスイーツを買うのを躊躇ったり、旅行に行くのが厳しい状態の場合は、貧しい状態なのでしょうか。

個人的には、お金に関する貧しさの場合、基本的な衣食住を満たすことができれば、貧しい状態ではないと思っています。

人間の生理的欲求を満たせているのであれば、そこから貧しさを感じるかどうかは自分の欲の問題だからです。

欲が強い人は今あるものではなく、今ないものに目を向けて、それを持っていないことに貧しさを感じます。

一方、足るを知っている人は、今あるものに満足し、自分に必要のないものは欲しがりません。欲には上限があり、飽くことを知っています。

つまり、貧しいかどうかというのは、ある程度状況によって左右されるものの、その大部分は感じ方の問題、心の問題なのです。

だから、心が貧しい人は、どれだけお金を稼いだところで満足できません。

もっともっと稼がないと幸せにはなれないと思っているのです。

 

心が満たされているかが大事

心が貧しい人は、お金や物をたくさん手に入れてももっともっと欲しがります。

欲には上限がなく、新しいものを手に入れてもすぐに快楽順応が起き、また新しい刺激を求めてしまいます。

より多くのものを求めるのはとても人間らしいことですが、幸せになりたいのならまずは心のほうを変えることをおすすめします。

心が貧しい状態でお金を手にしても満たされませんが、心が満たされた状態でお金を手にすると幸せを感じられます。

今の社会はとにかくお金を稼げば解決、という風潮がありますが、本当に大切なのは心が満たされていることです。

お金がないと心も満たされない、と反論が来そうですが、私は別にお金を稼ぐことを否定しているわけでも、お金なんていらないと言っているわけでもありません。

ただ、お金は心が満たされた状態でこそ幸せに貢献するものであって、逆ではないのです。

そして、お金がないと心が満たされないと言っている人こそ、心が貧しい状態なのです。

心が貧しいと自分にないものばかりに目がいき、今あるものが当たり前になり、感謝しなくなります。

その心が行き着く先は、手にしても手にしても満たされない欲望のトレッドミルです。

 

心の貧しさの多くは他人との比較

心の貧しさというのは、自分次第で変えられるものです。

貧しさは状況や環境によって定義されるのではなく、心の持ちようによって定義されます。

そして、心の持ちようは自分次第でどうにでもなるものです。

とは言っても、本当は貧しさを感じているのに、無理やり「自分は満たされている。貧しくなんかない」と思ったところで、余計に貧しさと虚しさを感じるだけでしょう。

心の貧しさから解放されるのに必要なのは、他人との比較をやめることです。

もし仮に、地球上に自分しかいない状態であったなら、食事にこだわったり、高級ブランドを欲しがったり、新しいものを欲しがったりはしないでしょう。

自分にないものを数えて心が貧しくなるのは、他人がいて、他人の生活が基準点となっているときだけです。

比べるものが他人ではなく自分自身であれば、今あるものに満足し、物をかき集めるよりも心の平穏のほうに目が向くようになります。

他人と比較するのは、タバコを吸うのと同じようなものです。たまにモチベーションを上げるために役立つこともありますが、大体は毒にしかなりません。

心が貧しいのはお金がないからでも、欲しいものが買えないからでもありません。

他人と自分を比較して、必要ないものまで求めてしまっているからなのです。

 

何が自分を満たしてくれるのか

何度も言いますが、お金は大事ではないとか、お金なんていらないと言っているわけではありません。

自分にとって必要最低限の生活を確保できたのなら、むやみにそれ以上を追い求めるのではなく、心を満たすことに集中したほうがいいということ。

お金は包丁と同じで、使い方次第で善にも悪にもなるものです。

心が貧しい状態でお金を手にしても、終わらない欲望のトレッドミルを走ることになります。

逆に、心が満たされてさえいれば、心の平穏のためにお金をうまく使うことができる。

他人との比較をやめ、信頼できる人間関係を築き、お金では買えないものを大事にすることで、心の貧しさから解放されます。

心が貧しくなっているときにするべきことは、お金を稼ぐことではなく、何が自分を満たしてくれるかを考えることです。

その答えにお金が必要だったとしても、他人との比較から出た答えではないのであれば、心の貧しさを感じることはないでしょう。

自分で自分を卑下するのはやめて、今あるものに目を向けてみましょう。

必要なものはすでにそろっていることに気づき、欲望のトレッドミルを走り続けることがいかにバカなことなのかにも気づくかもしれません。

他人との競争や比較から降りることは、お金を稼ぎ続けることよりも価値があるのです。

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