プラトンの「ギュゲスの指輪」からわかる本当の幸せとは?

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最終更新日 2024年2月5日

こんにちは、竜崎(@ddd__web)です。

古代ギリシャの哲学者であるプラトンの著書「国家」には、「ギュゲスの指輪」という話があります。

哲学的な問題に興味がある人は聞いたことがあるかもしれませんが、ギュゲスの指輪は「トロッコ問題」と同じく今でも道徳的な話題でよく取り上げられる問題です。

大雑把な概要としては、以下のとおり。

ギュゲスの指輪は、自在に姿を隠すことができるようになるという伝説上の指輪であり、リュディアの人ギュゲスが手に入れ、その力で王になったという。

グラウコンは、誰にも知られず不正を行なうことができる場合に、ギュゲスのように不正を行なって栄華を極める人と、正義を貫いて何も得ない人と、どちらが良い人生を送ったと言えるのかとソクラテスに質問した。

正義を勧めるときに、世の人々は良い評判が利益につながることを理由として挙げるが、それは人に知られず不正を働き、良い評判を得たまま利益もおさめられればよいという考えにつながらないかという疑問である。

引用:ギュゲースの指輪 – Wikipedia

ギュゲスの指輪とは、プラトンの兄であるグラウコンがソクラテスに対して投げかけた疑問のことです。

ギュゲスの指輪は、人間の中に眠る道徳や倫理に深く根付いた問題であり、人生をより良く生きるためにはどう生きるべきかという問題にもつながります。

絶対に誰にもバレずに悪いことができるとき、あなたは一体どういう行動をとるでしょうか。

今回の記事では、プラトンの「ギュゲスの指輪」からわかる本当の幸せについて考えていきます。

興味がある人は、ぜひ最後まで読んでみてください。

 

ギュゲスの指輪問題

ギュゲスの指輪は伝説上のモノであるため、当たり前ですが現実には透明になれる指輪は存在しません。

ドラえもんには被れば透明になれる「透明マント」が存在ありますが、残念ながら21世紀の現時点では、透明になる方法は科学的にも生物学的にも見つかっていません。

ですが、実際に透明になれないとしても、ギュゲスの指輪問題について考えるのは大事なことです。

考えるべきは、自分がギュゲスの指輪を手に入れ、実際に透明になれるとしたらどういう行動をとるか?ということ。

 

自己正当化と自己欺瞞

おそらく大多数の人の答えは、他人のいる前では「仮に透明になれたとしても悪いことには使わない」と言うでしょう。

そんな指輪を手に入れたとしても他人に迷惑がかかるような悪いことには使わず、透明になれてもあまり意味はないという答えです。

しかし、人間の認識は欠陥だらけであり、人は常に自己欺瞞と自己正当化をおこなう生き物であることを忘れてはいけません。

人間の脳では、ギュゲスの指輪を手に入れていない現在の自分からは、ギュゲスの指輪を手に入れた自分の行動を予測することはできないのです。

自己欺瞞と自己正当化については、以下の記事を読んでみてください。

実際にギュゲスの指輪を手に入れたとき、どういう感情が自分の中に沸き上がってくるかは、自分でも知ることができません。

今の自分は透明になれる指輪なんて持っていないからこそ、手に入れたときにどういう行動をとるかを真剣に考えることができない。

ですが、多くの人たちは自分のことは自分が一番わかっていると思い込み、未来での自分の感情の揺れ動きがどうなるかまでわかると思い込んでいます。

そのせいで、頭の中では自分の考えを正当化する自己正当化が起き、認知的不協和によって自分で自分の感情を欺く自己欺瞞に陥るのです。

 

人間が持つ理性の力

人は誰しも他人が近くにいるときには、世間的に認められている倫理的な言動をする傾向があります。

特に、近くにいる人が好きな人だったり、いいところを見せたいと思っている相手、恥ずかしい姿を見せたくないと思っている相手であるときにはなおさらです。

ですが、実際に誰にも知られずに悪いことができる誘惑に駆られたとき、人は理性を保ちながらも正しいと思っている行動をとることができるのか?

人間は理性を持っているからこそ、ほかの動物よりも賢い生物として存在しています。

古代の哲学者たちも、人間の理性ほど大切なものはないと述べているほどです。

でもそれは、理性的であるはずの人間は、絶対に間違いを犯さないというわけではありません。

理性のある人間でも間違うことはあります。

というよりも、理性を間違った方向に使うのが人間の性とも言えるでしょう。

 

ギュゲスの指輪を手に入れたら何をする?

ここでひとつ思考実験をしてみましょう。

透明になれる指輪を手に入れた自分を想像し、その後自分がどういう行動をとるかここで真剣に考えてみてください。

透明になれるということは、知らない人のお家に侵入してお金を盗んだり、スーパーやコンビニから食べ物を万引きしたり、気になっている異性の家に侵入したりすることができます。

今までのようにお金を稼ぐために働く必要はなく、捕まる心配をすることなくお金を手に入れることができ、タクシーや飛行機にだってタダ乗りすることができ、どこにでも世界中自由に旅行することも可能です。もちろんホテルも無料で使い放題。

少し考えてみただけで、透明になればできることが次から次へとたくさん思い浮かんできますよね。

もちろん前述した例はすべてれっきとした犯罪であり、現実では絶対にしてはいけないことです。

こうした行動を誰にも知られずにできるギュゲスの指輪を手に入れたとき、道徳観や倫理観を損なうことなく、理性で自分を制することができると胸を張って言えるでしょうか?

さて、あなたはどうですか?

 

ギュゲスの指輪からわかる人間の本当の幸せ

ギュゲスの指輪問題は、「人はどうすれば幸せになれるのか」についてのひとつの答えを教えてくれます。

実際、多くの人はもし本当にギュゲスの指輪が存在し、自分がそれを手に入れたとしたら、誰にもバレないのをいいことに自分の好きなように使うでしょう。

お金や食べ物はいくらでも盗むことができ、どこでも行きたいところに行って好きなことができる。

こうした誘惑に打ち勝つだけの理性の力を持った人間は、ほぼいないと言って間違いではないでしょう。

ですが、ソクラテスはそれでは幸せにはなれないと語ります。

ソクラテスが考える人間の幸せと、一般人が考える幸せはどう違うのか。

 

幸せは自分の精神状態で決まる

プラトンの兄であるグラウコンはソクラテスに対し、

ギュゲスの指輪を持っていても、自分の道徳や倫理、正義や信念を貫いてなにもせずにいる人。

誰にもバレることなく悪いことをたくさんし、億万長者や成功者になって悠々自適な生活を送っている人。

このどちらが幸せであるかを問いかけました。

ソクラテスは以下のように答えています。

たとえ誰にもバレずに悪いことができ、なおかつそれにより名誉や成功、富や権力を手にすることができたとしても、それはしょせん見せかけのものである。

人間においてもっとも大切な精神が汚れてしまっているため、本当の幸せは感じられない。

これはつまり、自由や成功、幸せや充実といったものは、外的な環境(この場合はお金や名誉)によってもたらされるものではないということです。

すなわち、幸せというのは自分の内部の状態、精神の状態によって得られるということ。

 

幸せは気づくもの

たとえ絶対にバレる心配がない状態で悪いことをしても、悪いことをすれば精神には罪悪感や嫌悪感といった目に見えない負担が降りかかる。

そして、そのネガティブな感情により精神的に追い詰められてしまう。

ソクラテスは、そのような状態では人間は幸せにはなれないと言っています。

これは誰もが一度は似たような経験をしたことがあるのではないでしょうか。

犯罪をおこなった人が罪悪感や逃亡に疲れて自首することがあるのと同じく、悪いことをすれば必ず精神には悪影響がある。

そしてその罪悪感は人間を押しつぶすこともある。

そう考えると、ギュゲスの指輪を手にしたとしても、自分の欲望のままに使うのは避けるべきです。

悪用して一時的に欲望が満たされたとしても、時間が経つにつれて罪悪感によって永遠に苦しむことになります。

よく言われているように幸せは手にするものではなく「気づく」ものであり、自由も手に入れるものではなく「感じる」ものなのです。

 

罪悪感は人間関係の潤滑油

ですが、頭では使用しないほうがいいとわかってはいても、私も含め、多くの人間はギュゲスの指輪を使って犯罪的な行為をするでしょう。

そして、罪悪感で死にたくなります。

でも、その罪悪感こそ人間であり、人間を人間足らしめるものの一つなのです。

人間に罪悪感という感情が存在しなければ、おそらく社会や文化といったものも発展しなかったでしょう。

人と人がうまくコミュニケーションできるのは、相手を思いやる気持ちがあるからです。

そして、その思いやりは罪悪感からきています。

つまり、罪悪感と優しさはコインの裏と表のような関係です。

罪悪感があるから人は他人に優しくでき、優しくするのは罪悪感を感じるのを避けるため。

罪悪感は、人間社会を築き、人とのコミュニケーションを円滑にする潤滑油のようなものなのです。

 

人は普通ではない状況のときに本性が出る

プラトンやソクラテスといった哲学者は、今から約2400年前に生きていた人たちです。

ですが、彼らは現代人よりも「より良く生きる」ことを真剣に考え、ギュゲスの指輪のような問題提起を幾度となくおこなっていました。

プラトンの「国家」はその一つです。

人間の深層心理や醜い感情、その人が持つ倫理観や道徳観といった人間性は普段表には出てきません。

そのため、誰もが自分の本性や人間性について想像することすらできません。

人の本性が姿を表すのは、本当に追い詰められたときか、何もかも自由にできる権利を手に入れたときだけです。

普段の行動を見ているだけでは、その人のことは何ひとつわかりません。

本当に相手の人間性を知りたいのであれば、普通ではない状況でどう行動するかを見るのが一番です。

 

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まとめ:幸せになりたいなら精神を汚さないこと

今回の記事では、プラトンの「ギュゲスの指輪」からわかる本当の幸せについて考えてきました。

まとめは以下のとおりです。

今回の記事のまとめ
  • ギュゲスの指輪は人間の幸せについて教えてくれる。
  • 人間の理性の力はそこまで強くない。
  • 人は常に自己欺瞞と自己正当化をおこなっている。
  • 幸せかどうかはお金や名誉ではなく、自分の精神状態で決まる。
  • ギュゲスの指輪を使うと罪悪感で不幸になる。
  • 幸せとは気づくもの。

ギュゲスの指輪は人間を完全に自由にします。

しかし、ソクラテスが述べているように、人間にとって本当に大切なのは外面的な自由などではなく、内面的な幸福です。

もちろん幸福感は一人ひとり異なっているため、内面的な幸福を求めることがすべての人間の幸せにつながるとは限りません。

プラトンやソクラテスといった古代の哲学者たちが伝えたかったのは、「一人ひとりが幸せに生きるためにはどうするべきか?」ということです。

ギュゲスの指輪のような問題は、人間が本当に幸せになるにはどう生きればいいのかについて教えてくれます。

幸せになりたいのであれば、何よりも自分の精神の状態を汚さないことが大事なのかもしれませんね。

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