最終更新日 2023年7月13日
こんにちは、竜崎(@ddd__web)です。
アドラー心理学の創始者であるアルフレッド・アドラーは、人生の人間関係の問題を「交友のタスク」と名づけました。
アドラーは幸せに生きるためには「仕事のタスク」「交友のタスク」「愛のタスク」という3つの「人生のタスク」をクリアしなければならないと言っています。
交友のタスクは人間関係の問題のことであり、友情や愛情、仕事上の対人関係など広い分野にまたがる人間関係全般のことです。
さて、人生では「人間関係は何よりも大事」とよく言われます。
「友達は宝」「愛する人がいるから頑張れる」というように、良質な人間関係こそ人生の充実に不可欠だと思っている人はたくさんいるでしょう。
アドラーが交友のタスクと称して人間関係の悩みを扱っていることからもわかるとおり、人は生きている限り人間関係の問題から逃れることはできません。
ですが、それは「人間関係が必ずしも必要」という意味ではありません。
実際、「人間関係が大事」という言葉によって生きづらさを感じている人もいるでしょう。
人間関係が大事だと言われるほど、うまく人付き合いができない人、友達や恋人がいない人、人と話すのが苦手な人は、自分の人間関係の希薄さを欠点だと考えるようになってしまう。
そこで今回の記事では、人生に人間関係はいらないのかどうかを解説していきます。
人生に人間関係は本当に必要なのか。
人間関係が希薄なまま生きていくと、歳をとった後に後悔することになるのか。
人間関係に悩んでいる人は、最後まで読んでみてください。
目次
人生に人間関係はいらないのか
現代では「人間関係をめんどくさい」「人間関係はいらない」と言っている人がたくさんいます。
実際、私も人間関係はめんどくさいと思っていますし、人脈も決して多いとはいえません。
友達ともほとんど会ったりしませんし、仕事がフリーランスなので職場も自宅で、誰とも話すことなく一日中パソコンの前で文章を書くのが日常です。
そうした生活を送っていると、「寂しくないの?」「もっと他人と関わった方がいいよ」とよく言われます。
友達も恋人もいらない人たち
「人間関係はいらない」と言う人たちの中には、友達も恋人もいらないと言う人がいます。
- わざわざ友達と遊ばなくても、家でゲームしたりYouTubeを見てたほうが楽しい。
- 恋愛もお金や時間がかかるし、そもそも相手を探すのがめんどくさい。
つまり、一人でいたほうが友達や恋人と時間を過ごすよりも楽しく過ごせるという人たちです。これについては以下の記事でも詳しく解説していますので、興味がある人は読んでみてください。
一人が好きな人たちは、友情や愛情といった人間関係に魅力を感じない、あるいはめんどくさいと思っています。
一人でそれなりに楽しく生きていけるのに、どうしてわざわざ友達を作ったり恋人を探したりしなければならないのか?
よく、友達や恋人と過ごさなければ得られない感情や体験があると言います。
ですが、それは一人でいる時間にも同じことが言えます。
友達と過ごすことでしか得られない体験があるように、一人で過ごす時間でしか得られない体験もある。
恋人を作れば愛情の何たるかがわかるかもしれないが、部屋で一人で本を読む時間を作れば人生の何たるかがわかる。
これは「どちらの時間の過ごし方が正解か?」という問題ではありません。
単なる「他人と時間を過ごすのと、一人でいるのと、どっちが好きか?」という個人の嗜好性の問題です。
どちらの時間にもその時間からしか得られないものがあり、その事柄からしか学べないものがあります。
それを考えずに「人間関係は何よりも大事」と決めつけるのは、視野の狭い考えだと言わざるを得ません。
人間関係が大きなストレスになる
人間関係がいらないと言う人たちは、全員が昔からずっとそうだったとは限りません。
私も今は人間関係はめんどくさい派に属していますが、子どもの頃は友達と遊ぶのが大好きでした。
小学生や中学生の頃は毎日友達と遊んでいましたし、一人でいる時間が退屈で仕方なかったです。
ですが、大人になるにつれて少しずつ一人で過ごす時間のほうが好きになっていきました。
その背景には「人間関係のストレス」が大きく関係しています。
子どもの頃は、友達に悪口を言われたりしてもさほど気になりませんでした。
嫌われようがウザがられようが、ショックを受けたり傷つくこともなかったです。
しかし大人になってくると、相手の言葉を大袈裟に捉えるようになっていきました。
さらに子どもと大人では他人との付き合い方は異なり、本音ではなく建前、相手のことではなく自分のこと、一緒にいる時間を損得勘定で考えるようになってきます。
そうした付き合いは、子どもの頃の純粋な「友達」とは違います。
常に仮面をしながら他人と接しているように感じ、自分の本心を誤魔化しながら、その場を楽しんでいるように愛想笑いを振りまく。
それが自分にとっては大きなストレスでした。
人間関係で得られるメリットを人間関係で感じるストレスが上回ると、人間関係はいらないと思い一人でいることを好むようになるのです。
人間関係がいらない人の人間関係
人生に人間関係はいらないのかどうかは、一人ひとり答えが異なります。
孤独耐性が高い人は一人でも楽しく生きられますが、一人でいる時間に寂しさを感じる人であれば、人間関係はあったほうがいいのは言うまでもありません。
そのため、人間関係はいらないかどうかを考えるときは、人間関係にストレスを感じる人、一人の時間にストレスを感じる人、自分はどっちのタイプなのかを考えることが大事です。
そして、人間関係がいらないと思っている人でも、自分にとっての心地よい人間関係を作ることができます。
ここからは、人間関係がいらない人の人間関係について見ていきましょう。
狭く深い人間関係を作る
実際、人間関係がいらないと言っている人でも、本心では他人と楽しく生きられたらいいなと思っている人は多いです。
私も一人でいて寂しさを感じるわけではありませんが、たまに他人と話したり会ったりしたくなることがあります。
人はみんな社会的な動物なので、「人とのつながり」によって幸せを感じる部分もたしかに存在しているのです。
人間関係がいらないと思っている人でも、ずっと誰にも会わずに一人きりでいればさすがに心が病んできます。
そうした人におすすめなのが、「狭く深い人間関係」です。
たとえば家族や恋人、本当に心の底から信頼できる友達との関係性など、人数は少ないけれど心を許せる人との関係性、それが狭く深い人間関係になります。
必要以上にベタベタする必要もなく、暇つぶしのために一緒にいる関係でもなく、本当に必要なときに助け合い支え合う人間関係。
そうした人間関係はすべての人に必要なものだと言えるでしょう。
今は人間関係がいらないと思っていても、いつかは上記のような存在の人間関係が欲しくなるのが人間です。
頼れる人、信頼できる人、支えてくれる人、大切な人。そうした人がいない人生はどこか味気ありません。
すべての人間関係をいらないと切り捨てるのではなく、必要最低限の人間関係は持つようにしておくのがおすすめです。
社会への興味を持つ
「狭く深い人間関係」以外にも、社会に興味を持つことも忘れてはいけません。
たとえどれだけ一人が好きでも、どれだけ人間関係に嫌気が差していたとしても、誰しも社会の中で生きている存在です。
「自分も社会の一員だ」という感覚がなくなると人は自分のことしか考えなくなり、人生をつまらなく感じる傾向があります。
これはアドラー心理学では「共同体感覚」と呼ばれているものです。
共同体感覚とは、仲間や社会のために貢献しようと思う意思のことであり、他人を仲間と見なし、社会の中に自分の居場所があると実感している感覚のことを指します。
- 他人や社会に貢献しようと思う意思。
- 他人はみんな仲間だと思う感覚。
- 社会の中に自分の居場所があると感じる感覚。
共同体感覚なくすと自分は何のために生きているのかがわからなくなり、人生が空虚なものに感じてきます。
「自分の居場所がない」と感じるのは、友達の数が少ないからではなく共同体感覚が欠如しているからです。
共同体感覚を持つためには、社会に興味を持つことが欠かせません。
他人一人ひとりではなく、他人で構成されている社会全体に興味を持つ。
たとえ「人間関係はいらない」「めんどくさい」と思っていたとしても、社会に対して興味は必須です。
そこから得られる共同体感覚が、人間関係の代わりとなってくれます。
社交性と外向性が大事
よく「人は一人では生きていけない」と言いますが、それは「友達がいなければ生きていけない」という意味ではありません。
友達や恋人がいなくても、家族や親族など狭く深い人間関係を持っていれば楽しい人生を送ることができます。
ですが、さきほど紹介した「共同体感覚」を得るためには最低限の「社交性」と「外向性」も必要です。
社交性とは「人と付き合う能力」のことであり、外向性は「外界への関心度」を指します。
- 社交性⇒人付き合いの能力。コミュニケーション能力。
- 外向性⇒外界への関心。他人への興味。
社交性と外向性は、人間関係がいらないと思っていても必要なものです。
というのも、社交性と外向性がないと本当の意味で一人ぼっちになってしまい、孤独に心が押しつぶされてしまいます。
現代では人見知りの人が多いと言われていますが、社交性とは陽キャのことではありません。
外向性も無理に色々なものに興味を持たなくても、他人と社会に関心があればそれでOKです。
人とそれなりにうまく付き合う能力があり、他人と社会への興味があれば楽しく生きられる。
人間関係がいらないと思っている人の中には、社会にも何にも興味を持たず自分の殻に閉じこもっている人が多いです。
ですが、それではいつか必ず心が貧しくなったり、人生につまらなさを感じてきます。
実際に私は、人間関係も他人や社会への関心も捨ててる時期がありましたが、どんどん心が荒んで生きる意味がわからなくなりました。
社交性と外向性は、人間関係がいらないからといって必要ないものではありません。
少なくとも、孤独に押しつぶされたくない人は最低限の社交性と外向性を持っておきましょう。
まとめ:人間関係はいらないと思っても、他人と社会への関心は必要
今回の記事では、人生に人間関係はいらないのかどうかを解説してきました。
まとめは以下のとおり。
- 一人が好きな人は、人間関係がいらないと思っている。
- 人間関係がストレスになる人も多い。
- 狭く深い人間関係を持っておくのが大事。
- 人間関係はいらなくても、社会への興味は持つこと。
- 社交性と外向性がないと、生きる意味がわからなくなる。
人間関係がいらない人の中には、「友達や恋人もいらない」「人間関係はストレスでしかない」と思っている人がたくさんいます。
ですが、人は一人では生きていけず、人間関係をすべて断ち切って生きていくのは不可能に近いです。
今は人間関係がいらないと思っていても、ずっと一人でいれば孤独に押しつぶされるでしょう。
そこで必要なのが、以下の3つです。
- 狭く深い人間関係。
- 社会への興味。
- 社交性と外向性。
狭く深い人間関係は、家族や身内、恋人や本当に心が許せる数少ない友達などです。
社会への興味は、アドラー心理学で言う「共同体感覚」というもので、簡単に言うと社会の中に自分の居場所を感じる感覚のことを指します。
そして社交性と外向性とは、コミュニケーション能力や他人への興味のこと。
人間関係がいらないと思っていても、これら3つは楽しく人生を生きる上で必要なものです。
人間関係がいらないと思っている人は、自分にとって心地良い人間関係を作ってみましょう。
また、友達の必要性については以下の記事で詳しく解説しているので、興味がある人は読んでみてください。
【Twitter】
【note】
【お問い合わせ】
コメントを残す