最終更新日 2024年2月5日
こんにちは、竜崎(@ddd__web)です。
みなさんは人生や他人、あるいは自分に期待して失望した経験はありませんか?
- いいことがあると思って生きていても、何もいいことが起きない。
- あの人なら「こうしてくれるだろう」と思っていたのに、裏切られた。
- 自分はもっと色々なことがうまくできると思っていたのに、大したことができない。
人は何かに期待してしまうと、それが叶わなかったときに強いストレスを感じてしまいます。
「こうなるだろう」と期待して行動した結果、思い通りにいかなかったときに嫌な気分になったことがある人も多いはずです。
これは人間関係においても同じで、他人に対して「こうしてくれたらなぁ」「こうしてくれるはず」と期待すると、それが裏切られたとき相手に対してイライラすることもあるでしょう。
私は昔から人を信じやすく、他人に期待ばかりして生きてきました。
自分の人生も明るいものになると疑っていませんでしたし、自分の能力などにも自信を持っていました。
ですが、後にそれは大きな間違いだと気づきます。
今回の記事では、これまで私が生きてきて悟った「人生にも他人にも自分にも期待しない生き方が最強である理由」を解説していきます。
何かに期待しながら生きるのが疲れた人、期待を裏切られるのが嫌な人、期待するといいことがないと思っている人は、ぜひ最後まで読んでみてください。
目次
期待しない生き方とは
一見、「期待しない」という言葉はネガティブに聞こえるかもしれませんが、期待しない生き方というのは決して後ろ向きなものではありません。
ネガティブに生きるのと期待しないで生きるのは似て非なるもので、前者は悲観的ですが、後者は楽観的な生き方だと言えます。
私が期待しない生き方にたどり着いたのも、期待しないのが精神的に楽で、ストレスフリーで生きられることに気づいたからです。
ここからはまず、「期待しない生き方」とはどういう生き方なのかを解説していきます。
ポイントは以下の3つです。
- 裏切りと無縁になれる。
- 人間関係のストレスがなくなる。
- 本当の意味で他人を信用できる。
詳しく解説していきます。
裏切りと無縁になれる
多くの人は自分でも無意識のうちに、色々なものに期待しながら生きています。
特に人間関係、その中でも恋愛では少なからず異性に期待しながら関係を築いているはずです。
恋愛では相手に対して「好き」という感情を抱くと、そこには相手に対しての「期待」が生まれます。
- 「自分の気持ちに応えてくれるだろう」
- 「自分はこうしたのだから、相手もこうしてくれるだろう」
愛情には期待が込められていて、期待が満たされなかったときに人は異性から「裏切られた」と感じるのです。
浮気にも同じことが言え、「付き合っているのだからほかの異性と遊んだりしない」という期待があるからこそ、コソコソ遊んだりされたときに裏切られたと感じます。
つまり、「期待」は「裏切り」という感情を生み出すのです。
ですが、他人に期待するのをやめると、そもそも期待していないのだから「裏切られた」と感じることはありません。
自分の思い通りにいかないことがあっても「そういうもんだよね」と開き直りに近い感情で、冷静に受け止めることができます。
「裏切られた」という感情はかなりつらいですが、期待しないことでその感情からは無縁になれるのです。
人間関係のストレスがなくなる
期待しないことで裏切りとは無縁になれますが、これは人間関係のストレスも減らしてくれます。
実際、人間関係のストレスの多くは「自分の思い通りにいかないこと」が原因ではありませんか?
- 「もっとこうしてほしい」
- 「どうしてそういうことをするのか」
- 「自分のことしか考えていない」
こうした感情が湧くのは、無意識のうちに他人に期待してしまっているからです。
人は自分の思い通りにいかないことがあると強いストレスを感じてしまいます。
ですが、勘違いしてはいけないのは、「期待しない」ことは「信用しない」ことではありません。
期待しないというのは、あくまでも「自分勝手に相手に求めすぎない」という意味で、他人を自分のおもちゃのように扱わないということです。
人は何かに期待している以上、そこには必ず「叶ってほしい」という欲求が存在しています。
他人に期待している状態とは、「他人は自分の思い通りに行動してくれるだろう」と自分勝手に他人を解釈している状態。
つまり、「期待=思い込み」ということですね。
そして人は自分の思い込みが覆されるとストレスを感じます。
私はこうしたストレスから自分を守るために、「期待しない生き方」を選びました。
最近の若い人たちは、あえて1人になる人が増えていると聞きますが、それは他人に期待することによるストレスが関係しているのかもしれませんね。
少なくとも、私はその1人です。
本当の意味で他人を信用できる
さきほども言ったように、「期待しないこと」と「信用しないこと」は違います。
期待しないというのは依存しないという意味でもあって、依存しなくても人を信用することは可能です。
他人に期待するのではなく信用することで、本当の意味で他人を信じて生きることができます。
口では「信用している」と言いつつも、いつも誰かを疑っているような人を見たことがありませんか?
そういう人は本当は信用しているのではなく、ただ期待しているだけです。
期待は「こうしてくれるだろう」という自分勝手な思い込みなので、そこには他人を信じる気持ちはありません。
あるのはただ「自分の思い通りに行動してくれるだろう」という自己中心的な考えです。
- 自分の思い通りにいかないと、すぐに裏切られたと言う。
- 嫌なことがあると、すぐに怒り出す。
こうした関係性に信用があるとは思えませんよね。
期待しない生き方であれば、裏切りや依存とも無関係になれるので、心の底から他人を信用できます。
裏切りや依存、憎しみや怒りのない人間関係、ただ相手の人間性を信じている状態、それが本当に他人を信用している状態です。
期待することをやめることで、こうした人間関係を築くことができます。
人生や自分に期待しないと生きるのが楽になる
ここまでは主に、他人に期待しない生き方について解説してきました。
他人との人間関係にストレスを抱えている人はたくさんいますが、期待しない生き方はそうしたストレスから解放してくれます。
ですが、他人に期待しないだけではまだまだ裏切りやストレスから完全に自由になれません。
精神的に完全に自由になるには、人生や自分に期待するのをやめる必要があります。
これもネガティブで悲観的に聞こえるかもしれませんが、実際にはポジティブで楽観的なものです。
ここからは人生や自分に期待しないと、どう生きやすくなるのかについて解説していきます。
私が感じているのは、以下の3つです。
- 生きづらさから解放される。
- どんなことでも受け入れられるようになる。
- 人生の喜びが大きくなる。
それぞれ詳しく解説していきます。
生きづらさから解放される
人生や自分に期待するのをやめると、人生はつらいのが当たり前と受け入れ、生きるのが楽になります。
私自身の感覚としては、生きるのがつらいのが人生なのだから、多少苦しいことがあってもつらいとは感じなくなりました。
期待しない生き方の根底には、「人生はつらいもの」という考えがあります。
「人生はつらいのが当たり前」というスタンスで生きていると、毎日楽しいことがあるとも思っていないので、繰り返す毎日に嫌気が差すこともありません。
刺激を求めて派手に遊びまわったりする必要もなく、毎日フラットな精神状態で生きているのでストレスもありません。
- つらいことがあっても、それが普通なので落ち込んだりしない。
- 楽しいことがあると、より一層喜びを感じられる。
- 感情的に落ち着いているので、ストレスもなく常にフラットな精神状態になる。
私もそうでしたが、生きづらさを感じるのは人生や自分に期待しすぎていたことが原因です。
- 「今日は何か楽しいことがある」
- 「頑張っていればいつか報われる」
- 「一生懸命に生きればいいことがある」
このように人生や自分に期待することで、それが叶わなかったときに嫌気が差したり精神的に病んだりします。
期待は裏切りと背中合わせですが、人生や自分に期待しても裏切られるのがオチです。
人生は思い通りにいかないのが普通で、ほとんどの人は何の才能もなく凡人のまま死んでいきます。
その事実を受け入れず人生や自分に期待すると、思い通りにいかないストレスで右往左往し、生きづらさを感じるのです。
人生や自分に期待するのをやめるだけで、こうした生きづらさからは解放されます。
どんなことでも受け入れられるようになる
ここでちょっと余談ですが、仏教には「四苦」という言葉があります。
これは人生に存在する4つの苦しみである「生老病死」のことです。
- 「生」は生きることについての苦しみ。
- 「老」は老いることについての苦しみ。
- 「病」は病気についての苦しみ。
- 「死」は死の不安などについての苦しみ。
仏教は生きること、人生そのものを苦しみの一つとして数えています。
人生や自分に期待しない生き方というのも、実は仏教思想にかなり近いです。
人生はつらいことの連続であり、苦しいのが人生だと受け入れる。
そうすることで、人生におけるさまざまな出来事を受け入れられるようになります。
自分の思い通りにいかないこと、気に入らない他人の言動、いいことがない人生、つらいことばかり起こる人生、つまらない刺激のない毎日。
人生や自分に期待している状態だと、このような出来事はストレスと生きづらさをもたらします。
ですが、仏教思想のように「生老病死」を受け入れることで、人生や自分に降りかかることが些細な問題に変わります。
私自身、どんなことでも受け入れられるようになったのが、期待しない生き方が最強だと思っている理由です。
人生の喜びが大きくなる
言っておきますが、私は別に仏教徒でもなければ修行層でもありません。
苦しみを楽しむようなM気質ではありませんし、つらいことを好んで選び取るようなタイプでもありません。
自分にも他人にも人生にも期待しない生き方というのは、「苦しみがあるのが当たり前」「うまくいかないのが当たり前」と受け入れる生き方です。
そしてそうすることで、人生の喜びが人一倍大きくなります。
たとえば、普段から人生にはいいことがあると思って生きている人と、人生はつらいものと受け入れている人がいるとします。
2人に嬉しい出来事が起こったとき、どっちの喜びのほうがが大きいと思いますか?
あくまで感覚的な話ですが、後者のほうが嬉しいことから感じる喜びや幸せは大きいはずです。
いつでも好きなときに水が飲める人と、一日に3回しか水を飲めない人では、水を飲めることに対する幸せは全然違います。
期待しながら生きている人に嬉しい出来事があっても、それが当たり前だと思い、深く考えたりはしません。
一方、人生はつらいものだと受け入れている人に嬉しい出来事があると、その出来事を大事にし、たくさんの喜びと幸せを噛みしめます。
人生や自分に期待しない生き方というのは、何もかも諦めて開き直る生き方ではなく、物事を受け入れて喜怒哀楽の感情を大切にする生き方なのです。
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【まとめ】ストレスや生きづらさは「期待」を捨てれば解決する
今回の記事では、「人生にも他人にも自分にも期待しない生き方が最強である理由」を解説してきました。
まとめは以下のとおりです。
- 期待するから裏切りや生きづらさを感じる。
- 人間関係は期待しないことでストレスから解放される。
- 人生や自分に期待しないのは楽観的な生き方。
- 人生に期待しないから物事を冷静に受け止め、大きな喜びを感じられる。
私はいつも何かに期待しながら生きていました。
でも、今では期待しない生き方が自分の人生のモットーになっています。
期待しない生き方をするきっかけが何だったのかはハッキリ覚えていませんが、あらゆるストレスから解放されたいと思ったことは強く覚えています。
人に裏切られたり、嫌なことをされたり、努力が報われなかったりすることにストレスを感じるのは、自分の中に「期待」の感情があるからです。
「人生は思い通りにいかない」と頭では理解していても、現実で何度も突き付けられると精神的にもキツくなります。
そのストレスに耐えきれず、私は期待しない生き方を選びました。
他人にも人生にも自分にも期待しなくなったおかげで、些細なことに喜びや楽しみを感じられるようになり、昔よりかなり生きやすくなりました。
- ストレスフリーな人間関係。
- 喜びや幸せの感受性が高くなった。
- 多少のつらいことでは動じなくなった。
もし人間関係にストレスを感じていたり、毎日に生きづらさを感じているのであれば、一度自分の中にある「期待」の感情を捨ててみることをおすすめします。
あらゆるものに期待しなくなるだけで、びっくりするほどストレスがなくなり生きやすくなりますよ。
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